奈良県の柚べしの歴史

ゆべしといえば、宮城県などに伝わる米粉と砂糖を用いてクルミなどを練りこんだ和菓子をイメージしますが、奈良の柚べしは、お酒のあてやおかずとして食べます。昔からの保存食として現在も十津川村では作り続けられており、奈良のお土産として販売されています。

スポンサードリンク

珍味として楽しむ柚べし

奈良県の十津川村周辺に伝わる柚べしは、ゆずの上部を切り、中身をくりぬきます。その中に味噌や大豆、くるみ、落花生、ゴマなどの具材を詰め込んで、寒風の中で乾燥させて作ります。中に詰めるものはその家によって少しずつ違うようです。

今でも伝統食として十津川村では、柚べしを薄く切ってご飯のおかずやお酒のあてに食べられているようです。奈良市内でも奈良のお土産物として販売されていますが、ひとつひとつが手作りのために出回る数も少なく、珍重されています。

柚べしの歴史について

伝統の保存食ともいえる柚べしは、現代ではチーズと一緒に食べるとワインによく合うとワイン通の人のファンが多いと言います。しかし、元々はそんなおしゃれなおつまみではありませんでした。

その昔、十津川村人は十津川郷士として京都御所の警備にあたっていましたが、その時の食事代わりとして柚べしを持って行ったと言われています。きびしい山間部で取れるゆずを利用した栄養価の高い柚べしは、弁当代わりとして山仕事や畑仕事などにも持参されました。

柚べしと茶がゆ

奈良では昔から茶がゆを食べる習慣がありますが、茶がゆは夕食に食べた残りごはんを朝に、茶袋にほうじ茶を入れたものと一緒に炊きます。この茶がゆのおかずとして、柚べしが食されてきました。

茶がゆの歴史は古く、1200年前に始まった東大寺二月堂の修二会(お水取り)の練行衆の食事とされてきた歴史があります。奈良ではホテルや旅館の朝食に茶がゆと柚べしがよく用いられるようです。また、レストランのメニューにも茶がゆはふつうに登場します。

まとめ

「奈良にうまいものなし」とよく言われますが確かに海に面していないので、これといって新鮮で美味しいものはないようですが、珍味的なものはあります。柚べしが庶民の珍味なら、天皇や貴族階級の珍味が「蘇」と言われる牛乳を煮詰めて作ったチーズです。

シルクロードを経て7世紀には酪農が伝わり、天香具山では牛乳やチーズのような蘇が作られていました。今も、牛乳を使った飛鳥鍋や蘇を使った天平料理は「知る人ぞ知る」といった感じではありますが、柚べしと同様に高たんぱくで栄養価の高い食べ物として珍重されています。

スポンサードリンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*